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私の想い

2008年8月23日(土曜日)

ふるさとをかみしめて

カテゴリー: - endou @ 20時27分57秒

 今日亘理に行ってきました。中学時代にお世話になった先生の葬儀があったからです。45年前Y先生の自宅では、各学校から先生が、そして地域の人も集まって「何でも語る会」をやっていました。中学生だった私と友人も時々参加していました。文字通り何でも語り合う大人たちの姿に、私たちは、感動し共感し、人が結び合って生きることを教えられました。その後の生き方に決定的影響をあたえました。
 弔辞を準備して新たにわかったこと、先生が教職を選んだのは、戦争と抑留を経験して復員してすぐではなかったことです。まず役所に入り、次に民間会社に勤め、「やまびこ学校」の詩集に出会っての決断でした。30歳を過ぎていました。日本共産党の町会議員となったのは、教職を辞した60代半ばのこと、先生は本当にすごいと心底思いました。
 なつかしい友達のMちゃんや恩師にも会えて、ふるさとをかみしめました。私はここで生まれ育ったのだと。8月の田んぼの色は、7月とは違います。7月の濃い緑に対して、8月は少しだけ黄色身がかった色になります。穂が出てふくらみを増しているからでしょう。


2008年8月12日(火曜日)

世の中を良くするネットワーク

カテゴリー: - endou @ 18時32分34秒

先日共産党の女性党員の集まりがあり、入党して一ヶ月の方のお話を聞きながら、自分が所属してから何年になるか数えて見ました。まあ41年です。
 私の場合入党の一番の動機は、生活が苦しく、一生懸命働く両親をみて何故報われないのかと思ったこと、それと平和を真剣に考えてのことでした。その頃は第二次世界大戦が終わって22年くらいしか経っていませんでした。大人たちにとって戦争体験はまだ生々しく、あんな思いはくりかえしたくないという空気が満ちていたように思います。間もなく8月15日がやってきますが、戦争に反対を貫いた日本共産党の姿は鮮烈でした。
 そういう生き方を選ぶことに迷いがなかったといえば嘘になりますが、自分の体験や感情に素直になろうと、自分で決めました。議員や候補者になるなど思いもせず、ただ自分の周りに正義を主張する人間らしい流れをつくりたい、そのネットワークをさらに厚みのあるものにと考えました。
 他党の方とも知り合うなかで、共産党はここが一番違うと思ったことの一つは、一人一人の党員が、地域や職場で黙々と日常の活動をすすめていることです。女性の比率も高く、5割に迫る勢いです。子育てや介護に奮闘しながら、平和で安心できる暮らしを求める姿は、本音で生きる素晴らしい女性像で、その交流の場に参加するといつも胸いっぱいになってしまいます。
 共産党員として生きるという私の決断を当時親達はどんなに心配したことか(今ならその感情も受けとめることができます)。子どもであった私は大人になり、今は私にも孫ができました。三人もです。
 世の中を良くしたいと願う人たちのネットワークが広がることを、願っています。


2008年8月7日(木曜日)

人間の暮らしを再建する

カテゴリー: - endou @ 18時26分51秒

 昨日臨時県議会が終わりました。地震対応の補正予算360億円が提案され、可決されました。今回の論戦をすすめる上で、先月末に参加した自治体学校はとても役立ちました。
 地震の復興にとりくむ最も重要な視点は、「元の地域に戻って暮らせること、そのために生活と 生業を確立できること」です。復興支援の基本はそこにこそ置かなければなりません。能登半島地震で石川県は、その対応を貫きました。発災から3週間目に、知事が専決処分をやったのですが、内容はすべて生活と生業支援でした。まず住宅の確保のため、県独自に100万円の支援を決め、県産材を使うなど一定の基準をクリアすれば「能登ふるさと住宅支援」として最高200万円補助、義捐金で170万円、国の全壊300万円を加え、最高770万円の支援を行なったのです。加えて、融資の利子補給をきめ細かく行ない、自営業の人たちを応援、生活福祉資金など社会福祉協議会の行なう貸付の規制も緩和しました。まず人間が生きてゆくために毎日の暮らしをどうするかを県の施策の最初に行なったのです。新潟も同様です。
 鳥取西部地震の時、当時知事だった片山さんも、元の地域に住んでもらえるのかそこが一番大事、人が住み続けられなければ、何のための道路復旧か、何のための公共事業かと述べて、まだ法律が十分でないなかで、300万円の支援を県独自に決めたのでした。しかも、全壊とか半壊とかに関係なく住宅被害があって住み続ける人たちに、一律支援したのです。
 今回の宮城県の補正予算は公共事業に限られ、生活と生業の支援は、みな先送りされました。耕英地区で岩魚を養殖している方の場合、残った岩魚がサギに食べられ、なんとか毎日通いたいと必死の努力を行なって居ます。イチゴ農家の方も頑張っています。
 振り返れば阪神大震災のとき、住宅建設への支援はなく「個人の資産に税金は使わない」とまことしやかに言われていました。その壁を破ったのは国民運動でした。今回神戸しんぶんは、宮城県大崎市が全壊一戸のため、栗原市のような住宅再建支援法の適応がない(5戸以上)ことを問題としてとりあげ、一戸でも支援すべきと訴えていました。大震災を経験した神戸で、遠い宮城の問題を神戸しんぶんが取り上げていた事実を知り、胸が熱くなったのでした。
 宮城沖地震が99%の確率といわれる中で、地震問題は徹底して取り組みたいと思います。9月には、石川と新潟に調査に行くつもりです。「人間の暮らしを再建する」仕事ですから。


2008年8月3日(日曜日)

思いを結んで生きる

カテゴリー: - endou @ 13時59分58秒

「原爆と人間展」が今日まで3日間おこなわれています。昼ごろに言ってきました。今日は仙台も30度を越えているようで、原水爆禁止世界大会で行ったときの広島の暑さを思い出しました。会場にはたくさんの子ども達がお父さんやお母さんと一緒に、ビデオや被爆者の絵、写真を見ていました。毎年行なわれている原爆と人間展に、私は欠かさず行っています。
 今年仙台高裁で、原爆症の認定を求めて勝利したお二人の原告もいらして、本当にお疲れ様でした。あらためて、裁判を起こさなければ認定さえ受けられない、被爆国日本の現状を思い知らされた気がします。でもタイトルにあるように、人間は二度と同じ惨害を起こさない決意を結び合って歴史を重ねてきました。その中心にあったのが被爆者の方々の運動です。悲しみや苦しみをかかえた被爆者の運動に、私はどんなに勇気をいただいたことでしょう。
 原爆の悲惨さとともに、それをのりこえる力が「原爆と人間展」だと思います。核兵器廃絶運動は、私の活動の原点です。


2008年8月1日(金曜日)

花、風にひらく

カテゴリー: - endou @ 20時32分58秒

  29日、三陸ハーネス勝利解決の集会がありました。会場は熱気に包まれ、勝利を喜ぶあいさつが続きました。3年3ヶ月のたたかいで、親会社のみならず、そのまた親会社の使用責任まで明らかにできたことは、「日本初の出来事」でした。
 たたかいの先頭に立ってきた18人のうち9人が仙台の集会で紹介されました。その晴れやかな笑顔を見ながら、家族の介護や子育てにとりくみ、生活の基盤を奪われても面を上げて生きてきた皆さんの苦労を考え、「ああ、強い風のなかで花が開いた」と思いました。以前何処かで聞いた「花、風にひらく」の言葉がよみがえりました。
 8月5日6日は臨時県議会です。地震被害の補正予算が提案されています。地震は自然の災害だけど、連帯の力で生活を取り戻すとりくみは、人間がしなければなりません。


医療法人への措置命令

カテゴリー: - endou @ 19時55分34秒

 28日の月曜日の午後、蔵王町の老人保健施設「山水苑」を訪問して見学、その後蔵王町の村上町長はじめ当局と懇談してきました。先月22日の保健福祉委員会で、「医療法人への措置命令について」という報告がありました。以前からこの問題について、職員の方からもお話を聞いていましたので、県の責任を明確にしたかったのです。私はふたつの柱で質疑いたしました。
 ひとつは、毎年決算を提出すべき法人が5年以上も未提出であることを放置するなど(催促はしたといいますが)、施設内でおきている不正常な運営状態を把握できぬまま(あるいは把握していたけどきちんと対応しなかった)問題です。もう一つは、向精神薬のずさんな取り扱いというか、紛失ということに、始末書でこと足れりとした対応です。法律的には麻薬および向精神薬取締法によって、厳重な管理を必要としたものだったからです。
 結局医療法人に対する県の対応に反省すべき点があったこと、また向精神薬の取り扱いについても、解明されていないことがある点を認めました。
 これから、入所している方が困難になったり苦しむ事態を絶対作らず、頑張ってきた職員の皆さんの仕事の場をちゃんと確保しながら、老人保健施設として安定した運営ができるようその道筋を考えなければと思います。


2008年7月28日(月曜日)

あんなおばあちゃんに

カテゴリー: - endou @ 19時10分25秒

 実は先週、映画を見てきました。やっと。「西の魔女が死んだ」です。秀作だと思いました。特におばあちゃんがいいです。やっぱり人間は年月を重ねて、深く広いものを身につけるのですね。その静かで力強いエネルギーが、まいちゃんに大切なことを伝えていました。まいちゃんとおばあちゃんの別れ方は観ていて辛かったけど、あのシーンは必要だったのかもしれません。
 夜の帰り道、やさしい気もちで風に吹かれながら帰りました。あんなおばあちゃんになりたいなと思いました。


いくつになっても

カテゴリー: - endou @ 18時48分12秒

 25日から3日間、自治体学校に行ってきました。開催地は大阪、まあなんと暑いこと。震災関係の分科会で、阪神淡路大震災や中越地震、中越沖地震、能登半島地震などの対応を学び、本当に勉強になりました。中規模講座は「道州制」について、市町村の仕事が変わり、県はなくなり、国の形も変わる、その意図するところは誰が何をねらっているのかなどなど。
 帰ってきた翌日、28日には栗原市議団とともに、県の危機対策課に要請交渉、早速3日間学んだことが役立ちました。学習は意欲を引き出し視野を広げてくれますね!


2008年7月21日(月曜日)

原発と地震と柏崎

カテゴリー: - endou @ 15時58分05秒

この2日、新潟県柏崎市に行ってきました。原発問題の集会があったからです。19日には、昨年7月に起きた中越沖地震で被害を受けた柏崎刈羽原発に出向き、構内にも入ることができました。火災を起こした変圧器はすでに片付けられていましたが、3000箇所をこえる影響を受けた原発の建物を目の当たりにして、原発の地震対応について多くの教訓を示していると思いました。それにしても敷地の広いこと、世界最大の原発群で全部で七基、そのすべてが止まった状態でした。この被災を第三者機関によって全容解明することが本当に大切になっています。
 その足で原発から10キロ程度の距離にある椎谷地区の高台から港を見下ろすと、新潟大の立石教授によれば海底の断層が見えるとのこと。その高台も25センチ隆起したので、眼下の防波堤の貝が付着したところも常時見える状況でした。たしかに!
 この震災を受けてどの原発も耐震設計の想定について変更をを余儀なくされたのですが、おかしいことに結論は今の施設で大丈夫というもの、女川原発も同様です。現在の地震学の見解から見て評価が甘いとの指摘がなされました。
 宿舎としたところの隣に仮設住宅がありました。柏崎市内もあちこちに空き地がありすべて住宅を取り壊した跡地とのことでした。一年経った今も二千人を越える方々が仮設で暮らしています。
 今回の集会の会場となった柏崎産業文化会館の入り口に、柏崎市民の手づくり短冊が展示され、「岩手宮城内陸地震の被害を受けたみなさん、頑張ってください」とか「苦しいことつらいことが多いと思うけど、私達も頑張っています」など、今回の地震被害をわがことのように思い気遣った言葉を発見しました。不意に花山や耕英地区の皆さんの姿が浮かび、胸が熱くなりました。


2008年7月18日(金曜日)

良いことをすれば ペナルティ?

カテゴリー: - endou @ 18時57分56秒

 高橋千鶴子衆院議員の国政報告会があり、各団体の代表の方々が参加されました。千鶴子さんの生き生きした報告に続き、じっくり懇談、私も地震の取り組みや福祉関連の問題などを報告しましたが、あらためて国のやり方に憤りを感じたことがありました。
 県独自に乳幼児医療費助成や重度心身障害者医療費助成を現物給付(窓口無料)している自治体は、国からの交付税が減らされているのです。このペナルティをやめるよう、県も政府に毎年要望しており、この点は私も同じ意見です。地方自治体が住民の福祉のために必死で努力して居るとき、しかも上記のふたつは全国でおこなわれていることなのに、です。
 地方の努力を激励し、国の制度にひきあげてゆく、そんな国政をこそつくりたいと思いました。


2008年7月16日(水曜日)

この一週間

カテゴリー: - endou @ 19時39分44秒

 11日・12日は党の中央委員会で、東京でした。14日仙台商業政策協議会(商政協)の総会に参加、街づくりにとりくむ地元の方々の熱意に触れることができました。15日午前、ため池の調査、国有林を借りて農業の水を確保してきた農家の人たちが、その借地料が高すぎると悲鳴を上げているのです(こんなに低米価なのに高いのです)。昨年相談があり、森林管理署との交渉も二度やりましたがらちがあきません。今回わたしと福島・花木両仙台市議が、地元の方の案内で現地をみてきました。30町歩の田んぼを潤している貴重なため池です。方策を考えています。
 午後、地震から一ヶ月が過ぎた栗原市に、五回目の調査に入りました。今回の調査は、旧栗駒町の沼倉付近でした。大きな道路は復旧の見通しが出てきましたが、まだそのままにされているところがありました。寸断された道路の先には二軒の家、奥さんの話では、仮の歩行用の道はできましたが車が通れないので、一時姑さんは仙台に、息子夫婦は勤務先にアパートを借り、一家ばらばらになったとのこと、今も息子さんは戻れません。別のお宅では、家も危険、宅地も危険、二枚の赤い紙が貼られていました。宅地のすぐ脇の三迫川の護岸がくずれています。工事が必要です。
 夕方、仮設住宅にお邪魔して、耕英地区のかたのお話を聞きました。静かななかにもこの一月の苦労がにじみ出て、私達も頑張らなければと強い強い握手をして帰途に着きました。
 16日医療法人山水会の職員の皆さんの保健福祉部長要請に同席、別途書きたいと思います。


2008年7月9日(水曜日)

ホタテと海苔

カテゴリー: - endou @ 19時31分37秒

7月2日に6月議会は閉会しましたが、立て続けの日程で書き込みができずごめんなさい。
私の常任委員会所属は今回も「保健福祉委員会」、調査特別委員会は「食料自給率向上対策調査特別委員会」と決まりました。両方とも私がぜひ入りたいと思っていた委員会でした。頑張りたいと思います。
 先月の末、宮城県母親大会に参加しました。石巻の開北小学校に1500人ほどが集まり会場はいっぱいでした。分科会で女川の出島でほたてにとりくんでいる方や、宮戸ののりをやっている方のお話を聞けました。宮城県のホタテ生産は北海道青森についで三番目、朝は(夜中)午前一時に仕事をはじめ五時には市場に持ってゆく、でも濃霧で船を出すのに苦労、ホタテの浜値はとっても安いと悔しそうに発言されました。重油の高騰でのりも大変とのこと。食料自給率向上は、生業が成り立つことが大前提だと強く思いました。
 お昼にはほやの蒸したのや薫り高い海苔のおにぎりやあわびまでごちそうになり、海で暮らす人たちの温かさと生の声に接して、心に強く湧き上がるものがありました。
 


2008年6月26日(木曜日)

岩手・宮城内陸地震

カテゴリー: - endou @ 19時16分28秒

 地震当日の14日の午後・16日・19日と被災地に入り、20日高橋ちづこ衆院議員の仲介で、政府各省庁の担当者と協議しました。本日県議会の一般質問で、真っ先に地震問題をとりあげました。20日の省庁との交渉の結果が、具体的に県や市の姿勢にあらわれていると実感しました。今日は志位委員長が栗原入り、その後一関、奥州を駆け巡っています。
 全壊10軒という被災者生活再建支援法の条件を満たさず、法適応を県も認定していません。実態は全壊半壊の判定がものすごく遅れているからです。判定は栗原市の仕事だけれど、ノウハウも人手もない中で、県が身を乗り出して市を援助すべきと求めました。危険度判定の「危険」家屋は申し出がなくても早急にすべて調べるよう、応援体制をとって、法適用したいとの知事答弁でした。詳しいことは改めて書きます。少しお待ちください。


2008年6月15日(日曜日)

岩手宮城内陸地震

カテゴリー: - endou @ 17時02分51秒

 14日岩手宮城内陸地震が起きました。栗駒からの情報を聞きながら、横田県議とともに栗原市に向かいました。すでに加藤幹夫さんは活動していました。
 栗駒の現地本部で概要を聴いた後、荒砥沢に出発。荒砥沢ダムの上流の山全体が崩落しているようでした。車を降りて徒歩で行けるところまで行くと、15日河北朝刊の写真にあるとおり、深い亀裂がはしり道路のアスファルトだったところが何メートルも動いていました。
 途中瓦のとんだ屋根、噴出している水、次々と見える赤茶色の崩れたところ。作業小屋が全壊したお宅では、落ちた屋根をやっと脇にどかしたところでした。「田んぼが隆起している」と聞いて行ってみると、苗がしっかりしてきた田んぼが波打っているのです。一つの方向に沿って続いているようでした。暗くなりかけた頃避難所に廻りました。疲れた様子の方もおられました。どんなに不安を抱えているでしょう。
 「仙南広域」や「西村山」「新潟市民病院」など、各地の救急車が目に付きました。私も頑張らなくてはと思いました。
 現地では今日も調査と激励がとりくまれています。私も、明日再度栗原に行きます。


2008年6月12日(木曜日)

シンプルな美しさ

カテゴリー: - endou @ 19時35分41秒

 斉藤さんのコメントにビックリしました。そうです、先日ちょっとだけ時間が空いたので(もちろん上映時間は事前にチェック)藤沢周平原作の映画「山桜」を観てきました。
 何よりシンプルな映像、せりふもとても少ない、それでいて主人公の気持ちはとても伝わってきました。いろんなものをそぎ落としたストーリーと、ごたごたしていない映像に魅了されました。 それに登場人物の所作の美しいこと、お正月のシーンで両手でふたをとり合わせるしぐさや、着替えをするときのしぐさ、衣擦れの音も素敵でした。春の小川の流れる音、鳥海山の姿、冬の吹き荒れる白い風景、みんな心に沁みるものばかり。市井に生きる人たちの凛とした姿はやはり藤沢周平の世界だと感じました。
 ラストは、何かしら明るい予感が残りました。とっても清清しく、心を洗われたよう。17日から6月議会がはじまります。映画はしばらくおあずけです。


つながって生きる

カテゴリー: - endou @ 19時04分35秒

 三陸ハーネス争議の解決報告会がありました。東京での和解調印に呼応したものです。歴史的勝利の意義について、○親会社のそのまた親会社が当事者として和解協議の結果応じたこと○昨年の県労働委員会の命令が画期的内容で全国に影響をあたえたこと○労働法学者の方々の協力をいただいたこと○全国の力でたたかいぬいた事などが語られました。
 書記長さんは「大財閥を相手にたたかって勝利できた。たくさんの人と出会い、勉強したことは私達の財産です」と声を詰まらせました。「ドラマよりドラマティックな2年8ヶ月でした」と泣きながら笑っていた方も居ました。「弁護士さんの熱い発言を聞くと一緒に働いていた仲間のようだった」「今は感謝以外の言葉がありません」「本当に本当にありがとうございました」
 結び合ってたたかい抜いたひとり一人、「今後の生活を確立する課題は、これからです」との引き締まった表情に、会場全体がうなずきました。「18人のたたかいは誇るべきこと、その生き方を見習いたい」と弁護士さん。つながって生きることの大切さ、強さ、あたたかさを、身をもって示してくれた争議団と勝利の写真を撮りました。みんな真っ赤な目をして微笑んでいました。


じゃこの威力

カテゴリー: - endou @ 18時27分39秒

 ある方からキャベツをいただきました。それも今畑からとってきたものを。鉄ナベを熱してキャベツをいため(油はオリーブオイル)いつもは、じゃこを入れるのですが、なかったので手持ちのベーコンにしました。ところが出来上がったものがあまりに違うのでビックリ。じゃこの場合、塩気があるので調味料はいっさい入れず、キャベツ全体にじゃこのだしが効いて、そのおいしさは計り知れません。「どうだ・まいったか」とじゃこが勝ち誇っているようです。 


2008年6月8日(日曜日)

「逢いたいです」の一言

カテゴリー: - endou @ 13時24分45秒

 6月のはじめに県外調査で3日ほど走り回っておりました。帰宅したら亘理の母から郵便物。父が編集している句集の33号でした。一筆箋の最後に「逢いたいです」とひとこと、見慣れた母の字とは違う字体で書いてあり、不意に胸を突かれた気持ちで電話を入れましたが、特に変わりはないとのこと、結局他愛のない話を40分もしてしまいました。
 今頃田植えの終わった田んぼは水をいっぱいに満たしていることでしょう。駅への行き帰り、この季節の田んぼ道が大好きでした。古い習慣や仕組みに反発して、自分らしく生きたいと二十歳の時仙台での暮らしを始めましたが、母と話していると、幼かった頃の風景や音がしみじみと思い出されます。


2008年5月31日(土曜日)

5月も おしまい

カテゴリー: - endou @ 18時42分25秒

 明日から6月なんて信じられない。25日は地元の九条の会に参加。26日は三陸ハーネスの問題で、志津川まで運転して、南三陸町長と会ってきました。27日はダンプをもって働いている方の家族や、高齢者や障害者で組織をつくり仕事を求めている人たちの県との交渉に同席しました。28日も県との交渉や地域活動、肝炎治療促進の医療講演会で勉強してきました。電話で相談を受けていた肝炎患者の方にも会うことができました。29日は仙南医療圏の中核病院問題で懇談、30日はパソコンの研修と地域活動、31日きょうは、社会保障問題に熱心に取り組む人たちと交流して本当に感動しましたが、もうひとつ行きたいと思っていた日程はダメになりました。明日は、風薫る5月から梅雨の6月・・・・。


2008年5月24日(土曜日)

ガンは政治

カテゴリー: - endou @ 17時30分38秒

 ガン患者の在宅緩和ケアを支援するための講演会とシンポジウムに参加してきました。講師の先生が冒頭「ガンは政治の問題です」と明言されました。医師と患者の間でおきていることも、実は医療の仕組みのなかでの出来事であり、必要なことが診療報酬として確保され、あるいは県予算のなかで具体化されることでガン対策が進行するという点で、先生の話は納得の行くものでした。
 治療法についての情報がほしい、医師との信頼関係をどう構築したらよいのかなど、現在治療中の方や、かつてガンを患った方がマイクを持って、自宅を開放して在宅緩和ケアを支援する活動を「大変」とは言わず、さらりと話してくださった石巻の方には、心から尊敬の念をもちました。
県政の課題として何ができるのか、です。


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